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青年A酒鬼薔薇聖斗とパンタ・レイ、「言いたい放題」は貧農史観批判 2016-02-20 [好きな言葉や拙見]

青年時代のノルくんとアメメ  2007年8月22日撮影
ノルとアメメ本棚070822.jpg
懐かしいツーショット、どちらも二歳。
京都時代、ケータイの待ち受け画面にしていました。

当時、塾の掲示物で「欲を夢に昇華し、その夢を実現しよう」などと呼びかけた過ちを反省して、後に塾の送迎バスに「STOP DREEMING(素で間違えてました、ヤバいです、tommorow、tomorrow^^;)DREAMING!」と大書して走らせた(^^;)懐かしいあの頃。(アメリカ大統領選挙においてロン・ポール氏も唱えていた。ちなみにぼくは彼が大好き)

ところが時代はSTOP DREEMING DREAMING!どころか、私欲を夢と呼びその実現を讚える私欲満開社会がさらに進み、その住人から選ばれた議員たちの私欲ゆえの醜態が続く昨今、わが家では、朝飯の準備中に箸が見当たらなくなって、ノルくんが転げ落としたのかと疑って悪態をつきながらウロウロ捜し回り、自分の口に咥えていた箸に気づいて愕然。脳猫化症が重症化。

脳と云えば、先週の金曜日のこと、台所の目の高さの収納戸棚の半開きの戸に額を直撃。脳内に火花、視界は真っ暗、額を押さえたまま床に蹲って、何の責任も無いノルくんに当たるわけにもゆかず、自分の間抜け加減を呪詛しながら、痛みが治まるのを待って立ち上がると、床に何やらポタポタと滴るものが。右手も血塗れ。鏡を見ると額の割れた大木金太郎の趣き。キッチンタオルを何枚も使って止血、もったいない。キッチンタオルを折り畳んでガムテープで留めて治療完了。

脳が揺さぶられたのか、数日間、気持ちがわるく歩くと頭がふらつく。頭蓋骨内で血腫が膨らんでいるのか、などと良からぬ心配をしたのは「科捜研の女」の見過ぎ。だって、被害者が凶器で殴られたり階段から落とされてから暫く歩いて移動した後で死亡したために、犯行現場がわからないケースを何回も見たから。先日も根岸季衣さんの死体発見現場が犯行現場とかけ離れていたために、土門刑事と主任研究員沢口靖子(榊マリコ)さまがつきとめるのに時間かかったし。

結論:日常動作はいちいち意識して行い、確認を怠らないことにする。


ojiojiの言いたい放題(=^ω^=)  書き込んだコメント集

確かにヒトがいちばん根性無しの気がします。猫や野生動物はじーっとひたすら静養して自己治癒力を働かせ、治らないときは騒がずにひっそりと死を迎える、何と自然なことでしょう。独居老人の死がそれに近いかも知れません。出来れば、洞穴とかに自ら入って逝くとか(=^ω^=)


かつてリストラされる前後に、経営者による強者・権力者の立場からの一方的な情報を流されて名誉を貶められ、文書(社員規約)改ざんによる陰謀で経済的にも大きな不利益を被ったもので、一歯車の意見が日の目を見ない恐ろしさのほうが強いもので、爾来、思ったことは言うようにしております。


昔は「新聞に載るぞ」とか言って戒めにしていました。
今は「ネットで広がるぞ」でしょうか。
世間体を気にする日本社会では、人の目は大きな抑止力になると思います。
私みたいな厚顔無恥な人間やアメリカ社会は、人の目が平気のために抑止効果は無いでしょうが^^;、代わりに厳罰に処せば良いだけ、だから懲役合計七百年とかやっているわけか。
今回の新聞記事から、戦後教育が当時の人たちにとってどうであったかがわかりました。現代の書物では、筆者の思想で料理されすぎていて、当時の実態が伝わりません。戦後教育の良い面もあれば良いものを捨て去った欠陥の面もあり、そういう諸々を、実際に生きてきた一人ひとりが自分で感じ考えて表現してほしいものです。マスコミ業界の人たちの感性に流されないで、むしろそれを哀れんだり唾棄したりすれば良いのです(^o^)。
テレビニュースは元々見ず、新聞購読をやめて二年近くになりますが、困ったことは何もありません、情報はネットで知ることができるし、詳しく知りたいことだけ自分で選択できます。なのに、新聞の価格カルテルがあり、放送局は法律で守られ、NHKにいたってはネット環境にまで課金することを検討しているとか。衰退してゆく定めのメディアの足掻きは見ちゃあいられません。商売は使命を終えたらさっさとたためばよいのです。それか手弁当のボランティアで運営するとか。新聞とかそうしてでも発行した人たちがいたじゃあないか。
但し、新聞紙はノルくんの頻尿トイレに必要です、朝日新聞(特定の新聞社のことではありません、大手マスコミの空理空論・空虚・暗黒・恥部を表す比喩表現から普通名詞に移行した言葉です。追記:ゆえに今の朝日新聞がどのような紙面かは一切関知しません、前世紀はずいぶん煮え湯を飲まされました、お前は豊葦原瑞穂国を荒らすのが社命なのかと)の見栄で刷っている膨大な押し紙を只で分けてください。
いかん、こんなことを書いていると「マッサン」の録画がたまる一方です、エリーが逮捕されそうになった週でストップしています。


>自由だとか個性だとかいって、
>勉強しなくてもいいような雰囲気を作ってしまった。
現場の先生方はよくご存じですが、勉強しない子たちはとことんしない。やる子たちは昔よりも高度な内容をどんどん進む。「ゆとり教育」とやらの総括でよく聞くエリート層は、自分の子ども時代を思えば別世界の勉強家たちです、人格的な面はさて置き。筆者が憂えているのは、そうでない層の子どもたちでしょうが、ぼくはもう手遅れかと。ヤンママの世代で既にそうなので^^;。良いわるいではなくて、もうそういう社会になったんだなあと思うことにしています。ささやかな抵抗で、自分のブログではわざと漢字を多用するようにしておりますが(^_^;)。


教育漢字や常用漢字を決めたのはよいのですが、学校教育や新聞紙面において、その枠内に縛られて「語い」「範ちゅう」「破たん」「完ぺき」などという巫山戯た表記の時代が長すぎた感。書くほうは、昔の人も字引きをひいたり誤字を書いたりが通常の習わし、やくみつるさんみたいに難しい字を空で書ける必要はないかと思います。問題は、語彙力に通じる読むほうの力、これはやはり出版物で戦前のように豊富な日本語の語彙をじゃんじゃん多用、但しルビ付き、を実践するのが近道と思います。実際、読書好きの人たちの語彙力は何も心配無しですものね。
と書きながら、いや、既に少ない語彙と新しい語彙だけでやりとりする社会になってしまったのかなあと寂しくも感じてもおります。それはきっと豊穣な言葉の世界、ひいては心の世界を捨てることになり、とてももったいない気がします。


「野生の王国」の弱肉強食のかわいそうな場面、同感なのですが、去年から困っているのは、野菜や植物に同じような感情が湧いて、間引き菜や芽かきが心を鬼にしないと出来ないのです。取り除いたものは必ず食べてやらないと申しわけ無い気持ちに。庭木の剪定すら出来なくて。と言っても自分で手を下すのが辛いだけなのですが。結局、造園屋さんに頼みました(^^;)。そのくせ収穫物としてなら平気。日頃、スライス肉を買って常食しながら屠殺作業を残酷とか言う人に、そうじゃあないだろうとか言うくせに、自分も同じ。矛盾しております。それが慈悲心なのでしょうか。ベジタリアンやヴィーガンの気持ちも理解できます。が、つきつめると、よだかの星になるか、稀にいらっしゃいますが霞を食って死ぬしかなくなりますものね。などと、こんな齢になって胸を痛めるとは思いませんでした。


人権あるいは社会の進化みたいな思想について、見直さなくてはと思う人が増えていると思います。私なんて中学の授業で、王様とかの支配者とは民衆を弾圧するもので、それに抗する心ある人々が権利の拡大をしてきたんだと、組合の仕事で自習の多い日教組の先生^_^;から教わりました。(良い王さまもいるのになあ)
江戸時代の農民は五公五民とか四公六民で、自分たちのつくった米が食べられずに稗や粟を食べていたと習ったのは日本史の先生から。
農家育ちなので、変な気がしました。大阪に住んでいたサラリーマンの叔父のほうが、通勤や激務で余程ストレスが多そうなのになあ、帰宅後は疲れて麦酒飲んでプロ野球ニュース見て寝ているだけだし。給料のためにそんな不自然な暮らしをして幸せなんかなあと。
江戸時代の農民は、今の自営業者と同じで、脱税・節税を(米の隠匿)をしまくり、年貢のかからない作物を蓄え、隠田・隠畑を開墾し、などといくらでも工夫をしていただろうし、何より農作業は自然の中でお日さまを浴びて気持ちが好い(^_^)。
こんな話も読んだことがあります、津軽の農民が凶作で金貨を握って飢え死んだと。貯蔵米をカネに目が眩んで売り払った直後の冷害だったみたいです。本来なら自給自足出来るのに、貨幣経済に飲み込まれて翻弄される。今の農家も似ています。
あるいは「百姓と胡麻の油はしぼれるだけしぼる」みたいな言葉も、農民の脱税を前提に、まだまだ税を捕捉できるぞという話であって、今と同じですね、源泉徴収の人たちが、自営業はずるいと逆恨みする^^;構図。ちなみに今も、高額所得者は五公五民ですよね、だから大リーグとやらに出稼ぎに行ったり。すんません、何の話かわからなくなりました。
この貧困農民史観(貧農史観)と同じように、人権思想とやらにも嘘がかなり含まれているように感じます。あるいは、人権思想とやらと人非人(凶悪犯罪者)を獄門磔にするのとは何ら矛盾はしないと思います。
ハンムラビ法典万歳\(=^ω^=)/です。 
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[左)2009年10月9日御年四歳のアメメ  右)現在のアメメ]

アメメ 「ojiojiもけっこう真面目に世の中を考えていたものよ。それが一年後には、咥えている箸を探して彷徨いているとは笑止(=^ω^=)」
 
万物流転、動的平衡、祇園精舎の鐘の声、諸行無常、昨日の淵ぞ今日は瀬になる、方丈記、無為自然、パンタ・レイ、ヘラクレイトスも老視もとい老子も福岡伸一なのじゃ!

パンタ・レイと云えば、 
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少年A酒鬼薔薇聖斗   ⇒  青年A酒鬼薔薇聖斗[写真は週刊文春より]
 
週刊文春ことセンテンススプリングさま、マズイ場合はご指摘ください、即、削除します。ニューウェイブ週刊新潮もS君、応援しておりますぞ。 

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